墨絵は、日本の誇る美しい伝統文化であり、墨の濃淡だけですべての色を表すユニークなアートです。ゆっくりと墨を磨る穏やかな時間は、私たちの心を整え、これから向かうアートの世界へと導いてくれます。お香にも似た墨の香りは、私たちの気持ちを鎮めてくれます。それは禅にも通じる静かな世界であり、他の芸術とはひと味違う異次元のアートともいえます。
書はもう1つの美しい墨の芸術です。墨絵と書は姉妹のような関係にあり、書の線で絵を描き、絵のように書を書く「書画一体」がそれぞれの表現の基本となります。私は1988年に書を、翌1989年に墨絵を始め、それぞれの先生の下で長く勉強をしましたが、先生たちが最も大切にしていたのが「線」と「空間処理」でした。もちろん、書を知らなくても絵を描くことはできますが、奥行きのある墨絵を描くためには書の線がとても大切になります。
墨は和紙の上で滲みやすく、他の画材のように容易にコントロールできません。また、乾くと薄くなるのでそれを予測しながら描く必要があります。さらに、和紙は湿度の影響を受けやすい性質を持っていて、気候によって墨色が左右されます。常に意表をつかれ、裏切られるのです。墨絵には一筋縄ではいかない難しさがありますが、だからこそ魅力的であり、飽きることなく続けることができるのです。